運動機能への関わりで重要なのは、筋肉や関節などの構造・特徴のみではありません。
前庭系の理解があることでより「運動」「動作」の解釈、対象者の症状や悩みの理解が深まります。
今回は前庭系の中でも主に末梢前庭器官について紹介する内容となっています。
前庭系とは何か?
前庭系とは耳石器官(卵形嚢・球形嚢)、半規管により構成されます。これらは末梢前庭器官と呼ばれます。これに対して中枢前庭器官は前庭神経核や小脳・延髄・大脳などを含みます。
今回は末梢前庭器官について中心に解説します。
前庭系は空間における頭部の位置、そして頭部の動く方向の突然の変化という2つのタイプの情報に敏感である。他の感覚同様、われわれが意識的に前庭感覚に気づかずとも前庭入力は多くの運動応答の協調にとって重要であり、眼の安定や立位あるいは歩行の間の姿勢の安定性を維持するのを援助する。
モーターコントロール第4版p70より引用
歩きや立ち座り、方向転換、寝返り、階段上り下りなど様々な移動に伴い頭も一緒に動いています。この移動の際に前庭器官が頭の傾きを察知して首や下半身などの筋肉に指令を出し、うまくバランスをとることができています。
有毛細胞について
前庭器官への刺激は有毛細胞の傾きで決まります。有毛細胞は耳石器官、三半規管にそれぞれあり、有毛細胞の脱分極・過分極によって前庭神経を介して中枢や末梢へ影響を及ぼします。
有毛細胞が傾くときどちらの方向に傾くかによって神経の発火頻度が変化する。有毛細胞には最も長い動毛と、動毛に近づくほど長くなる40~70本もの不動毛がある。動毛に向かって有毛細胞をから向けると有毛細胞の脱分極と第8脳神経の双極細胞の発火率が増加し、離れるように傾けると過分極と双極細胞の発火率が減少する。
モーターコントロール第4版p72より引用
*脱分極と興奮:細胞膜を挟んで発生する電位を膜電位という。静止状態の膜電位は静止電位、刺激に応じて発生する電位を活動電位という。神経細胞にある細胞膜には常に負の静止電位(細胞の内側が負、外側が正)であり、このことを分極と呼ぶ。脱分極とは分極が減少すること。つまり膜電位が負から正になることである。過分極は膜電位が静止電位より負になることを指す。通電による刺激が弱い時は脱分極は小さい。強くすると脱分極が増大し、まず非伝播性の脱分極である局所応答が発生しうるが、さらに刺激を強めると活動電位が発生する。
前庭器官~半規管~
半規管の傾き
三半規管(外側半規管)は床(水平)に対して後方に30度傾いています。これは以下のように推測されています。
ヒトは直立した時,三半規管は前方が上に30°傾いている.これは,ヒトが進化する過程において類人猿とは異なり,脊椎が垂直方向に向かう速度が三半規管の水平化より速かったためと考えられている.換言すれば,ヒトは三半規管の水平化による平衡機能の安定より,直立することよって得られる利益を優先したと見ることができる
https://magikun-reha.com/wp-content/uploads/2022/07/頭位30°前傾姿勢が平衡機能に与える影響.pdf
半規管と内リンパの関係
三半規管は内リンパ液で満たされた膜迷路である。有毛細胞は内リンパの流れが三半規管から膨大部へ向かうとき興奮し、逆向きの流れで抑制される。
生理学テキストp164より引用
頭が左に回転すると、内リンパには慣性が働き時計回りに流れ、感覚毛の変位発生。左側の水平半規管は前庭神経を興奮に作用し、右側は抑制性に作用する。
回転し続けると、内リンパの流れはなくなり興奮・抑制ともに起きなくなる。
この動きが止まる際は、動き始めた時と逆に作用する。慣性が働き内リンパは反時計周りに流れ、左側の水平半規管は前庭神経を抑制、右側の水平半規管は前庭神経を興奮へ作用する。
参考文献:めまい平衡医学に必要な解剖と生理
半規管の位置関係、左右の相互作用
頭部の両端に位置する半規管はお互いにほぼ平行しているので、互いに協力して働く。2つの水平半規管はともに働き、各々の前半規管はその対側の後半規管とそれぞれ対になって働く。頭部の動きが1対の半規管にとって、ある特定の平面で起こると、1つの半規管は刺激されるが対となる半規管は過分極されることになる。
モーターコントロール第4版p72より引用
対になって働くのは同じ平面上にある半規管同士です。具体的には、右の前半規管と左の後半規管、右の後半規管と左の前半規管、両側の水平半規管同士のような関係になります。片方の半規管により前庭神経が興奮すると、対側の前庭神経は抑制に働きます。
半規管の興奮による身体作用
前庭動眼反射
頭部が右回転すると前庭動眼反射で正確に同じ速度で反対方向に目が動くので、一点固視が可能となる。この頭部と眼位の関係は他の前・後半規管でも同じで、頭部の動きと反対側に眼位を変位する。眼球運動の方向は刺激を受けた半規管が形成する平面で反対方向に眼が変位することが知られている。
めまい平衡医学に必要な解剖と生理より引用
内側前庭脊髄路
前庭脊髄路の出力として半規管系からは頸部の筋群への出力が多くを占めています。
半規管からのニューロン自体の作用には興奮性のものと抑制性のものの両方がある。起始細胞から頚髄の標的細胞への投射様式としては、反対側に投射するものと、同側性に投射するものの両方がある。ほぼすべてが頚髄レベルで終わっており、前庭(半規管)頚反射に深く関与している。
前庭脊髄路の解剖と生理より引用
例えば右の垂直半規管(前半規管・後半規管)の有毛細胞が興奮すると、いくつかのシナプスを介して両側頸筋の運動ニューロンへ興奮性か抑制性のどちらかの入力が伝わる。具体的には、右の下頭斜筋と左の胸鎖乳突筋、僧帽筋の運動ニューロンへ興奮性、反対側の筋の運動ニューロンへ抑制性に作用し右に傾いた頭部を左に立て直すように働く。詳細は以下の通りである。
全ての頸筋運動ニューロンは、原則として6個の半規管のすべてから何らかの入力を受けていた。また左右の外側半規管からの入力様式については、全ての頸筋の運動ニューロンにおいて共通であった。すなわち、同側から抑制性入力、対側から興奮性入力であった。
また垂直半規管系からの頸筋の運動ニューロンへの入力様式は4種類に分類された。
前庭系による頭部運動の制御機構より引用
各半規管を選択的に電気刺激した時の頸筋への作用を調べた結果が以下通り
*興奮性のニューロンは白、抑制性のニューロンは黒
耳石器官
耳石器官の構造
耳石器官には卵形嚢と球形嚢がある。平衡斑では有毛細胞の感覚毛(動毛・不動毛)が耳石膜中に伸びる。有毛細胞には求心性神経線維が分布しており、頭部の空間的位置(重力)や直線加速度に反応する。
耳石は内リンパより比重が大きいことから、加速により耳石は取り残され耳石膜が動き有毛細胞を刺激する。
日常臨床に役立つ めまいと平衡障害 p3
卵形嚢はおおよそ水平、球形嚢はおおよそ垂直に位置しているが全くの水平・垂直に位置しているわけではない。
耳石器官の分水嶺(striola)について
平衡斑の感覚細胞は,個々の感覚細胞が最も鋭敏に応じる方向(極性)が異なっており,平衡斑の中央付近にある分水嶺(striola)をはさんでその極性が逆転している
めまい診療のための基礎知識
有毛細胞の形態的極性が耳石膜の部位により異なることから、耳石膜はすべての方向の直線加速度と傾きを検出できる。
日常臨床に役立つ めまいと平衡障害 p3
耳石器官からの出力 ~外側前庭脊髄路~
外側前庭脊髄路は主に耳石器からの一次前庭神経からの入力を介在ニューロンを介して受ける。作用は興奮性のみで、同側の頚髄から腰髄の全髄節レベルに投射し、同側の四肢の伸筋、すなわち抗重力筋に強い興奮作用を及ぼし、体平衡の維持に重要な役割を果たす。
前庭脊髄路の解剖と生理より引用
外側核を刺激すると下肢伸筋群運動ニューロンには両側性に興奮性で、屈筋群運動ニューロンには両側性に抑制性シナプス電位が発生する。外側前庭脊髄路の重要な点は四肢の伸筋への興奮性の主体は、α運動ニューロンだけでなくγ運動ニューロンにも興奮作用を及ぼし、いわゆるα-γ連関*を成立させている点で、脊髄内の伸張反射や交叉伸展反射などの回路を介することである。
*γ運動ニューロンが興奮すると錘内筋線維の一次終末が伸展され、Ⅰa群線維のインパルス頻度を増す。この経路となるγ運動線維-筋紡錘(錘内筋)-Ⅰa群線維のループをγループと呼ぶ。γ運動ニューロンの役割は筋紡錘の受容感度の調節。随意運動では、αおよびγ運動ニューロンが上位中枢からの信号でほぼ同時に興奮する。これをα-γ連関と呼ぶ。これにより運動中にα運動ニューロンの興奮で筋肉が収縮し筋長が短縮しても、γ運動ニューロンの活動レベルが上がっているので伸張反射の感度が低下せず、円滑な運動が可能となる。
卵形嚢の外側前庭脊髄路への関与
卵形嚢入力を受ける前庭神経核ニューロンの大部分(70%)は外側前庭脊髄路を下行し、胸髄にまで軸索投射した後、腰髄にまで軸索を伸ばすニューロンは少なくとも20%存在する。
日常臨床に役立つ めまいと平衡障害 p19
球形嚢の外側前庭脊髄路への関与
球形嚢入力を受ける前庭神経核ニューロンは内側前庭脊髄路を下行するニューロンが多く、胸髄にまで達する。35%は外側前庭脊髄路を下行し腰髄にまで軸索を伸ばす。
日常臨床に役立つ めまいと平衡障害 p19
半規管系の外側前庭脊髄路への関与
前半規管、外側半規管は内側前庭脊髄路を下行するニューロンが多いが、後半規管からの入力を受ける前庭神経ニューロンは約半数が外側前庭脊髄路を下行し、そのうち約半数うが腰髄にまで軸索投射する
日常臨床に役立つ めまいと平衡障害 p19
前庭器官と神経系路
前庭有毛細胞へ伸びている神経線維の細胞体は前庭神経節にある。前庭神経節は双極性であり軸索を前庭有毛細胞と前庭神経核へ伸ばしている。
*神経節とは、末梢神経系における神経細胞体の集合である。その機能により、感覚神経節と自律神経節に大別される。神経節 脳科学辞典より引用
前庭有毛細胞へ遠心性の前庭神経も存在し、前庭神経の求心性線維に対してシナプス後抑制、シナプス前抑制の2パターンで結合している。遠心性線維の細胞体は前庭神経核に存在する?
左右に存在する前庭神経核はお互いに交連線維で抑制性に作用する。
前庭有毛細胞に関わる神経線維は前庭神経核へ連絡する求心性と前庭神経核から連絡をくれる?遠心性の2つある。
コメント