今回は運動とホルモン(液性調節)について解説します
このブログを見ることで運動時のエネルギー供給とストレスホルモンとの関係を理解できます。ポイントは①乳酸作業域値、Brogスケール「ややきつい」以降からストレスホルモンの分泌が促されること。②筋化学・代謝受容器や運動野からの指令、情動が刺激となり視床下部へ入力されストレスホルモン分泌を促すこと。この2つです。
液性調節とストレスの関係
液性調節はホルモン(神経伝達物質)による調節のことを指します。
人間にとってストレス*がホルモン分泌のきっかけになり、以下の2つのストレス反応系により意識しなくても自動的な身体の緊急事態として対応してくれます
ストレス反応系は以下の2種類
- 神経性(SAM軸)/視床下部-自律神経-副腎髄質 → アドレナリンを分泌
- 液性(HPA軸)/視床下部-下垂体-副腎皮質 → コルチゾルを分泌
*ストレスとは、生命維持に赤信号を灯す行動・臓器の反応を促す物理・化学的な刺激を意味します。 例)痛み、空腹、熱、恐怖・不安など
ホルモンの分泌はどこから?
ホルモンの種類によって分泌場所は異なりますが代表的なのをいくつかあげます
視床下部
ほとんどのホルモンの調節ホルモンを分泌します。ホルモン分泌の最高中枢と呼ばれ、下垂体前葉・中葉、下垂体後葉、自律神経に対して作用します。その他にも脳のさまざまな部位に対して作用します。(下行性疼痛調整系で重要な中脳中心灰白質に出力を出しているのも視床下部です)
例)副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)
下垂体前葉
視床下部の神経から下垂体門脈に神経内分泌されて、血液を介して下垂体前葉に作用
例)成長ホルモン(GH)、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)、性腺刺激ホルモンなどを分泌
下垂体後葉
視床下部の神経から軸索輸送で下垂体後葉まで運ばれ、そこからで血中に放出される
例)バゾプレシン、オキシトシン
自律神経
視床下部からの連絡を受けて心臓、血管などの循環調節、副腎髄質を刺激してカテコルアミン(主にアドレナリン)の放出に作用する
副腎皮質
下垂体前葉からの刺激を受けて糖質コルチコイド(コルチゾル、コルチコステロイド、コルチゾンなど)を放出
その他
甲状腺(カルシトニン、パラソルモン)、筋肉(マイオカイン)、脂肪細胞(レプチン)、心臓(心房性Na利尿ペプチド)、腎臓(レニン)
こちらのサイトがわかりやすかったので参照してください
ホルモンについて|一般の皆様へ|日本内分泌学会 (j-endo.jp)
ホルモン分泌を促す刺激は? ~視床下部への求心路~
運動も以下の強度からストレス反応を引き起こすストレッサーとなります
- 乳酸性作業閾値(LT値)
- Brogスケールでいう「ややきつい」以降(VO2maxの60%以上から)
これが視床下部への刺激となってACTHやアドレナリン・ノルアドレナリンの分泌量が増加し始めます
では具体的に運動の何が刺激となっているのか?
①運動野の興奮とそこからの指令
神経-筋の情報伝達を阻害する薬を投与し、筋力発揮を減弱させた状態で運動をしてもらうと、投与前より投与後の方がきつく感じ、投与後の方が中枢指令が大きくなる。薬の投与前後でホルモン分泌を比較すると投与後(同じ負荷で中枢指令のみ大きくなる条件)ではACTHの分泌が増加が認められたとのこと
運動とストレス科学 p161~
これは末梢からの刺激ではなく、中枢(運動野)からの刺激が運動時のホルモン分泌を促しています
②情動
情動は生物が進化の過程で獲得した生存のための適応反応であり、実際の身体的ストレスが来る前に前もってストレス反応を導くシステムとして捉えることができる
ストレス反応の身体表出における大脳辺縁系-視床下部の役割 西条寿夫
運動によるストレスを経験的な判断から前もって視床下部に連絡しているのかもしれません。
③活動筋からの求心性刺激 Aδ・C線維
動物実験ではグループⅢ,Ⅳ線維の電気刺激でACTH分泌増加と報告。また、人ではⅢ,Ⅳ線維の求心性入力を減弱させる硬膜外麻酔を用いて筋求心性入力の影響を検討したところ、成長ホルモンに変化はないがACTH・βエンドロフィン分泌は抑制されたと報告
運動とストレス科学 p161~
グループⅢ,Ⅳ線維はポリモーダル受容器が刺激されて反応する神経です。ポリモーダル受容器は機械刺激(圧迫や捻るなど)、熱刺激、化学刺激(酸、阻血など)に反応します。LT値以上もしくわややきつい以上の運動によって筋肉のポリモーダル受容器が刺激されホルモン分泌を促します。
*A群/ノルアドレナリン作動性神経、B群/セロトニン作動性神経、C群/アドレナリン作動性神経を指す。作動性神経とは、○○作動性神経の○○を神経終末から分泌する神経のこと。
視床下部が刺激されたことによる反応 ~視床下部からの遠心路~
視床下部が刺激されたことで神経性・液性調節がそれぞれ働きます
神経性調節(SAM軸)
- 視床下部→自律神経→脊髄中間外側核*→交感神経節→心臓交感神経→心拍出量増加
- 視床下部→自律神経→脊髄中間外側核→副腎髄質→アドレナリン→エネルギー供給
*脊髄中間外側核は脊髄レベルでの自律神経の中枢です
液性調節(HPA軸)
- 視床下部→(CRH)→下垂体前葉→(ACTH)→副腎皮質→(コルチゾル)→エネルギー供給
運動継続によるホルモン分泌の変化は?
トレーニングを継続することで対象群と比べて絶対強度におけるACTH分泌が減弱する。これは収縮する筋の肥大、酵素*活性の向上によって同一強度に対する筋からの求心性入力が減弱すると想定される。
運動とストレス科学p165~
*酵素とは:運動により発生した活性酸素から身体を防御してくれるもの。活性酸素は酸化ストレスを持ちこれに対抗するのが酵素(主にたんぱく質)と抗酸化物質(ビタミン、カテキンなど)
わかりやすく言うと、同じ筋トレをやり続ければ、そのうち慣れてきて楽に感じます。てことは同じ筋トレでは体にとってストレスを感じなくなります。すると視床下部への刺激量も低下して結果ホルモン分泌量の減少につながります。加えて酵素活性が向上することで酸化ストレスが低下します。すると酸化ストレスを感知する代謝・化学受容器が反応しずらくなることで視床下部への刺激も低下し、ホルモン分泌量減少につながります。
運動適応
運動適応はおおよそ4週間程度かかると言われています。その間に刺激が加わり続けている副腎が肥大しますが10週経過すると元の大きさに戻るそうです。運動継続は筋肥大、酵素活性向上に貢献し、体力向上・疲れにくい体となっていきます。
*GCの作用は運動継続による作用ではなくもともとある作用を記載してあります
運動不適応
オーバートレーニングになると身体はストレスを受け続けることになり、筋・肝臓の炎症・疲労が蓄積されます。これによりHPA軸の興奮亢進に働き、①血中GCの慢性的な増加、②脳内CRHの慢性的な増加を引き起こします。
加えて、筋・肝臓の炎症・疲労以外にHPA軸の興奮が収まらない理由として①負のフィードバック機構の破綻、②海馬のGC受容体の機能低下によりCRH分泌抑制が働かなくなることが挙げられます。その結果身体はストレスに耐えることができなくなり慢性疲労、免疫抑制、抑うつ傾向などになってしまいます
*海馬はGCの負のフィードバックを受けて視床下部に対してCRH放出を抑制するよう指示を出しています。慢性的なストレスを受けることで海馬がGCを受容しにくくなってしまうことでCRH放出抑制につながります。
*GC(糖質コルチコイド)の作用は糖新生(グリコーゲンの貯蔵量を増やす異化ホルモンとして作用。脂肪やたんぱく質も分解して糖新生に役立つ)、抗炎症作用、免疫抑制。運動不適応だとGCが過剰分泌となりたんぱく質の分解(=筋肉の分解)や免疫抑制が働きやすくなり体調を崩しやすい、治りにくいなどの症状が出現しやすくなります。
視床下部から下垂体以外への遠心路も存在する
視床下部の遠心路は下垂体が代表的ですが、それ以外にも入力があった場所にはほとんど出力を出しています(大脳皮質、大脳辺縁系、脳幹など)。この図でいう自律神経系は脳幹での縫線核、青斑核、孤束核なども含まれています。
ホルモン調節に加えて、自律神経系、体性神経系と共同して恒常性を維持するよう働いています
まとめ
運動刺激(ストレス)に対応するために液性調節(ホルモン)によってエネルギー生成・供給しくみを解説しました。具体的になにが刺激となっているのかがわかると運動指導する側は何に注意すればいいのか考えやすくなると思います。逆に運動不適応の人には必要なのは休養であり、運動ではありません。
トップアスリートでなくても仕事や育児・家事でのオーバーワークによる運動不適応(=過剰ストレス状態)の人は数多くいるので、リハビリ提供の際はその辺も考慮しつつ治療提供することで良好な関係・結果に表れるのではないでしょうか。
ストレスについての参考文献・図書⇩
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