高齢者の心理                           ~精神科医がみた老いの不安・抑うつと成熟 感想を中心に~

理学療法

先日この本を読み終わり、感想を忘れないうちにまとめます

仕事上、高齢者に携わる機会が多いため非常に参考になったし普段患者さんが口にしていることの意味やその背景を理解するのに役立った。


最近のコメント

    印象に残った文章

    生活者として捉えると痴呆も老いの一断面である。忘れっぽさや出来なくなった事を数えるのでなく、保持している能力と心理的反応の総体として、高齢者を捉える必要がある

    長谷川式やその他の認知機能検査でその人を判断するのではなく、認知機能低下も含めた対象者を把握する必要がある。またケアする側としては伸びしろがある領域は把握して、本人の希望があるときにいつでもアドバイスできるように努めるべきである。


    「老い」を実感するのは人様々。鏡に映った自分を見た時、他者からの行為や視線、自分の失敗経験などから実感、自覚させられる。 その「老い」をどう受け止めているのかも人様々

    他人からの指摘で姿勢を気にする、転倒後の骨折は治っても転倒したことに対してショックを受けている、今まで普通に生活していた家で、また転倒しそうで怖いなど臨床場面でよくあるケース。整形外科に来た時点で症状以上に「怪我をしたこと」=「老いたこと」によるショックが大きい人は意外と多い。このような患者に対して、歳のせいですねと片付けていては症状は良くなっても、根本的な不安はぬぐい切れない。


    ふだんは意識することがないが、体調不良が無意識のうちに不安・抑うつと結びつくと妄想やうつ病、不安障害として現れる。潜在的に老いへの恐怖があったことがわかる

    できなくなって初めて意識すること、感じる事があると思う。高齢者の場合はそれが死や孤独、自身の身の危険などに直結する。不安でいられなくなるだろう


    老いは形がみえない、輪郭がなく、漠然としている。実体としては、しわ・白髪・病として現れる。老いとは「まだ老いていない」と保留しつつこのような対象なき不安・抑うつを生きることである。

    ほんの少しの変化で老化を感じ、若々しいとも感じる 老化は危機の感受性が敏感になる

    死は不当な暴力、事故。医療者からしたら病気、老化が原因だが残された人は違う受け止め方をする

    「若者は前に空間と世界が開かれているが、老人は時間しかない」 何か障害を負った時に新たな人生を切り開くには時間がかかる。 若者には立ち直るのに時間があり、空間が広がっているが、老人では時間が限られた体力もそこまで残されていない。新しい空間は生まれずただ時間だけが過ぎていく

    一人でなんとかなっていたが、歳を取り自立が困難になってくると周囲が関わらざるを得ない。その時それまでの生活スタイルを変えないと問題視され、「変わった高齢者」や「老年期人格障害」と言われる

    今までの生活スタイルによってその人が形成されている。現状のみではなく、今までの経過を知ることは症状だけでなく、生活スタイルにおいても重要


    多くの高齢者は淡々と老いを生きている。誰もが自分の老いに向き合い、「いかに老いを生きるか」を考えるわけではない。 多くの高齢者は「その人らしく老いていく」

    高齢者だけでなく、自分に向き合い生きている人の方が圧倒的に少ない印象。その方が過酷で辛いことが多いから現状維持でなんとかやっている。過剰にこうあるべきだと関わるのはいい迷惑。自分に向き合う気になったときに、周りの人が何かしら手助けができるように支援するのが大事

    まとめ

    職業上、関わる高齢者は何かした病気をもっており症状を持っている人。

    その病気・症状が身体機能に与える影響だけではなく、どのように病気・症状を捉えているのか?を把握することでその人に今必要なのはなんなのか?を根本的に考えるヒントになると思う

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