慢性的な痛みを抱えてる人は、ほとんど何かしらストレスを感じている。ストレスとは感情・情動と呼ばれる一種の表現である
この痛みと情動の関係について加藤総夫先生の論文を中心にまとめてみた
「痛み」の意味・役割とは?
痛みとは、危険信号。体に危機を知らせる役割を持つ
痛みの生物学的役割として、「身体の異常を検出・警告し、それに対する対応を促すことによって生存可能性を高める」ことである
痛みと情動の生物学的意義 加藤総夫
つまり「痛み」自体は生き延びるために必要なサインであり、「痛み」を薬や運動などで改善しようとするのは生存するのには適してないことになる
また、「痛み」とはただの侵害受容器が興奮しただけではなく
感覚・運動・自律神経・内分泌・情動・記憶・認知などにかかわる脳の公汎な部位の活動を動員し、各機能モジュール*を駆使して「身体の有害的状況」への適応・対応を伴う総合的「体験」である。情動も痛みの一部分である。
痛みと情動の生物学的意義 加藤総夫
*モジュール:それ自体が独立して機能を持つもの
つまり、「痛み」とは体のさまざまな「体験」である。この「体験」が危険信号や生存するために役立つ。また、「痛みの体験」によって、その後の行動に強く影響する。これを痛み学習(教師あり学習)と呼ぶ
情動の話 扁桃体を中心に
情動とは感情の一部。情動とは感情に伴う①自律神経系による反応と②その行動のことをさす。この情動反応・行動は扁桃体が需要な役割をもっている。
扁桃体の役割
情動の中心となる神経核は扁桃体。扁桃体では外的・内的に入力された情報の価値判断をしている。これは身体の有害状況をモニターしているともいえる。加えて自身の身体や生存にとって不利な状況を分析して、対応するのを可能とする神経核である。
扁桃体にはストレス警戒に関する神経伝達物質の受容体が多数存在する
扁桃体が先天的に障害されている人や後天的に障害を受けている人は、恐怖学習や恐怖認知の消失、情動の表出困難となる。
扁桃体と痛みの脊髄路
扁桃体への入力は様々あるが、痛み刺激に関しては脊髄⇨橋の腕傍核⇨扁桃体の経路がみつかっている。体性感覚野へ入力する「外側新皮質視床路」や大脳辺縁系へ入力する「内側古皮質視床路」とは異なる経路である
脊髄⇨橋の腕傍核⇨扁桃体の経路は、視床を介さず情動中枢の扁桃体に直接入力することから、痛みによる情動発現の役割を持つと考えられる。「内側古皮質視床路」も同様な役割を持つ。この情動発現は痛みによる体験の一つである。
扁桃体の変化と痛み
痛みは扁桃体によって感じ方が調節させている。扁桃体の活性化で痛覚過敏、扁桃体の不活性化で痛覚過敏抑制。
無傷のラットの右扁桃体中心核の化学遺伝学による活性化が疼痛過敏を吹き起こし、不活性化が過敏を抑制すると報告。同様に痛み情動に強く関与している前帯状回や島皮質でも報告されている。
痛み情動の生物学的意味を考え直す 加藤総夫
慢性痛が改善しない腰痛患者では自発通に伴う扁桃体のBOLD信号が亢進し、扁桃体容積の減少が認められる。慢性モデル動物では、持続的な炎症や障害は脊髄-腕傍核-扁桃体路を介して扁桃体中心核の活性化とシナプス増強を引き起こす
痛み情動の生物学的意味を考え直す 加藤総夫
*BOLD(Blood oxygen level-dependent)信号:脳の血流動態をMRI画像のコントラストとして抽出することが神経の酸素消費によって可能であり、この変化する成分のことをBOLD信号と呼ぶ
「持続的な炎症や障害」が扁桃体活性化につながり、痛みを過敏に感じるようになる。なぜ過敏に感じるように作られているのか?
これは扁桃体によって痛覚過敏すること(痛みの閾値を調節)で、痛み行動を抑制して生存可能性を高めているためと考えられている
口唇部の炎症は右扁桃体中心核の選択的活性化を引き起こすとともに両側下肢に痛覚過敏を引き起こす。この痛覚過敏は右扁桃体を抑制することによって軽減する。一方炎症や神経損傷を持たない動物で右扁桃体中心核を人工的に興奮させると、両側の痛覚過敏が生じる。
こころや脳の働きが全身にひろがる痛みを生み出す仕組みを解明
先ほどの「持続的な炎症や障害」は患部外まで影響を及ぼすのが、上記の研究で明らかにされた。また身体的ストレスがなくても、扁桃体の興奮で痛覚過敏を引き起こすのも明らかになった。
まとめ
痛みを訴えている人に対して、治療者が身体的なストレスのみに注目して痛みを捉えるのではなく、やはり全体像を見て症状を捉えるのが適切であろう
痛みの感じられ方は、経験や経過、心理的、社会的状況によって大きく変化する。ストレス、生育因子、社会的状況も慢性痛を増悪させる。
痛み情動の生物学的意義 加藤総夫
全体像の把握には、治療技術よりもコミュニケーションスキルの方が重要となる。むしろコミュニケーションスキルも治療技術の一つと考えるべきかもしれない。
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