ニューロパチーとは、末梢神経障害
ニューロパチーとは英語で書くと、neuropathyです。
neuroは「神経」、pathyは「障害」を意味し、ここで言う神経は末梢神経のことを指します。よってニューロパチーと末梢神経障害は同じ意味です。ですが、整形外科的には末梢神経障害、損傷と呼び、内科的な疾患の場合だとニューロパチーと呼ぶことが多いみたいです。
ニューロパチーの定義としては、以下の通り
何らかの原因により末梢神経の伝導機能に不都合が生じ、運動麻痺、感覚麻痺・異常、自律神経障害などの機能障害が生じた状態を総称してニューロパチー(末梢神経障害)という
機能障害科学入門 p153より引用
ニューロパチーの分類
症状の分布による分類
末梢神経障害が出現している部位や分布で分類されています。整形外科でよく遭遇するのは、単ニューロパチー。いわゆる絞扼性神経障害、頸椎神経根症、胸郭出口症候群などです。呼び名が異なるだけですべて単ニューロパチーに分類されます。
内科や神経内科では多発単ニューロパチーや多発ニューロパチーの方が多いと思います。
病理による分類
軸索性、脱髄性、後根神経節障害に分類されます。軸索の変性による障害は“dying back process”による distal axonopathy であり、障害されやすさは軸索の長さに依存するそうです。脱髄性、後根神経節障害は軸索の長さに関係なく障害されます。
*dying back process/神経細胞の変性がそれと線維連絡のある別の神経細胞の変性を惹起することを経神経細胞変性という。 軸索の障害により様々な反応性の変化が起こることを軸索反応という
多くの軸索性ニューロパチーは神経の長い部位から症状が出現するパターンをとり(length— dependent)、したがって手足の遠位部ほど強い症状を呈する(手袋靴下型)。また運動症状や自律神経の症状よりもしびれなどの感覚障害のほう(小径線維による症状)が先に出現しやすい。筋萎縮は早期より現れやすい。
カラーアトラス末梢神経の病理 第1章
参考文献/高齢者の末梢神経障害
ニューロパチーの症状 ~単ニューロパチーを中心に~
末梢神経は運動神経、感覚神経、自律神経が一本の筒の中にまとまっています。どの神経が損傷されるかで、出現する症状が異なります。それぞれ解説していきます。
末梢神経の基礎知識 ~末梢神経の分類~
下記の表は、神経線維の伝導速度をもとにした分類(ErlangerとGasserの分類)で感覚神経と運動神経の両方に用いります。今回表として載せていませんが、感覚神経のみに着目した分類もあり(LloydとHuntによる分類)、こちらはローマ字表記でⅠ、Ⅱ、Ⅲと分類しⅠa、Ⅰbと細分していきます。
これらの運動神経、感覚神経もしくわ自律神経が損傷されることで出現する障害について解説していきます。
運動神経障害 まずは筋力低下、それから筋萎縮
単ニューロパチーの運動神経障害として代表的なのが、支配神経の筋力低下(筋出力の低下、筋収縮反応速度の遅延)、筋肉の萎縮、脱力、腱反射低下などが挙げられます。
筋力低下~脱力までは、Aα線維の障害による症状と考えられます。また腱反射低下はⅠa、Ⅰb線維の障害により、筋腱の感受性の低下することで出現している症状と考えられます。
一過性神経伝導障害、あるいは部分的な軸索断裂を呈した末梢神経損傷であれば、骨格筋の完全麻痺は免れ、筋力低下という形で麻痺症状が認められる。これは随意運動に参加する運動単位の減少によるものであり、絞扼性神経障害に多い。
機能障害科学入門163より引用
運動習慣がない後期高齢者の筋肉などは随意運動は可能ですが触診上、筋の緊張いわゆる「筋肉のはり」が非常に認められないことが経験上多く感じます。年齢が重なるにつれて有髄線維も減少しているため運動、感覚神経に何らかの変化が出現するのは正常な変化のかもしれません。
また以下のようにニューロパチーの種類によって、筋力低下が出現する部位が異なるようです。
軸索型多発ニューロパチーでは足部に軽度の感覚低下(特に振動覚低下)があったり,アキレス腱反射の低下があったりしても高齢者の場合は病的とは言えないが,しびれなどの陽性感覚症状や高度の感覚低下,あるいは遠位筋優位の筋力低下を認めた場合は本疾患を疑うべきである
高齢者の末梢神経障害より引用
脱髄型多発ニューロパチーは、臨床的に感覚障害よりも運動障害を主体とすることが多く,遠位筋も近位筋も罹患する.もし広範に筋力が低下した場合でも,加齢による筋力低下との区別は比較的容易である.腱反射は通常全般的に低下する
高齢者の末梢神経障害より引用
感覚神経障害 なせしびれる?
感覚神経障害いわゆる「麻痺」の症状として、末梢神経の完全断裂では感覚脱失。部分断裂や一過性虚血では感覚自体は残存しますが、しびれや痛み、感覚低下が出現します。
「しびれ」は触覚線維であるAβ線維が損傷されることで、AδとC線維の抑制が外れて(=脱抑制)されることで発生している症状と考えられています。Aδ線維は温痛覚(鋭い痛み)、C線維は鈍い痛みを捉える神経線維で、これらの抑制が効かなくなるということは、「痛み」や「しびれ」に敏感になるということです。
痛い箇所や痒い箇所に手を当てたり、掻いたりすることで症状が落ち着くのは触覚線維であるAβ線維によるAδ、C線維の抑制がかかったおかげのようです。しかしこれらの理論は末梢神経損傷によるしびれの話で、脳や脊髄の中枢神経による損傷で出現しているしびれとはまた異なる可能性があります。
自律神経障害 汗、爪、温かさ
主な症状として発汗異常、血流低下、爪の変性が挙げられます。
自律神経である交感神経は感覚神経と平行に走行している。そのため、末梢神経損傷によって感覚障害が生じた場合は交感神経も同時に損傷されていることが多く、症状として支配領域の発汗が減少あるいは停止する
機能障害科学入門 p166
腕神経叢麻痺における神経根の引き抜き損傷は、神経根に交感神経が含まれていないため、感覚脱失がある部位でも、発汗機能の障害は認められない、この障害の有無により損傷部位が神経根レベルであるか、それより末梢であるか診断可能である
標準整形外科学 p750
交感神経は胸椎の椎間孔から出てきて、頸部~上肢へ末梢神経を伸ばしているため神経根の損傷では自律神経症状は出現しないと考えられています。
神経線維の障害される順番はあるの? 圧迫と局所麻酔では違う!
末梢神経には大径線維と小径線維があり、神経の太さが異なります。物理的な圧迫による循環不全による障害は大径線維から障害されます。
また、大径線維に感覚神経(Aβ)と運動神経(Aα)があり、物理的な圧迫による循環不全による障害では感覚神経から障害されるようです。
循環障害を受けると有髄線維の太い方から順に、最後は無髄線維も機能を停止することが実験的にも臨床的にも知られています。また理由はよくわかりませんが脳腫瘍や椎間板ヘルニアの患者の神経症状の進展を詳細に分析すると、同じような太さの有髄線維が圧迫された場合、知覚障害が常に先に出現し、運動障害はずっと遅れて出現してきます。つまり感覚神経の方が運動神経よりも障害に対する抵抗が弱いと言えます。
頭痛・めまい・しびれの臨床 病態生理学的アプローチ
また小径線維から障害される場合もあり、虫歯治療の局所麻酔がその例です。
無髄線維は循環障害の影響は受けにくいものの、化学物質の影響は受けやすい。たとえば局所麻酔などを使用した際に、痛みはないが”腫れぼったい”ような変な感覚を感じることになるようです。
触覚を伝達する神経線維は有髄線維のため循環障害には弱いものの、軸索が髄鞘で保護されているために、薬物のような化学的障害には強く、なかなか局所麻酔の影響を受けません。これに反して、遅い痛覚を伝達する神経線維は丸裸の無髄線維であるため、直ちに局所麻酔で麻酔されてしまいます。
頭痛・めまい・しびれの臨床 病態生理学的アプローチ
感覚神経は大径有髄線維(触覚,固有感覚),小径有髄線維(触覚,温覚,痛覚),小径無髄線維(痛覚)に伝統的に分類される。そして,局所麻酔薬は最初に小径無髄線維を遮断し,最後に大径有髄線維を麻痺させる。それに対して圧迫によって止血すると,まず大径有髄線維が麻痺し,触覚と圧覚が同時に感じなくなり,さらに圧が高まって初めて小径無髄線維が伝導遮断に陥る。
Keidel, W. D. Kurzgefasstes Lehrbuch der Physiologie
また自律神経障害は一般的には末梢神経障害としては、末期に出現するとのことです。
ニューロパチーは疾患特異的に運動神経,感覚神経,自律神経のいずれかにアクセントを置いた臨床症状を呈するが,多くのニューロパチーの障害は大径有髄線維,小径有髄線維,無髄線維の順番で進行する.つまり,一般的に自律神経障害を呈するような無髄神経の障害は末梢神経障害としては末期の状態のことが多く,自律神経障害が初期から主症状であるニューロパチーは少ない.
ニューロパチーと自律神経障害
日常生活でよく出会う痺れとして代表的なのが、正座した後のしびれがあると思います。正座したときのしびれについては以下にわかりやすくまとめられています。
触覚神経線維であるAβは,痛覚神経線維であるAδとCの活動性を抑制する機能があるといわれている.正座に伴った阻血に伴うしびれは,Aβの機能障害による触覚低下,Aβの機能低下によるAδとCの脱抑制による異常感覚の増加,Aαの機能障害による運動障害,Aδ,Cの機能障害による異常感覚の減少という順序で起こることになる.正座の後の回復の順序もこの逆で戻ることになる.正座については,単に足全体の虚血と言うことでなく,末梢神経系の虚血と言うことができる
高齢者の手足しびれ感の診断のポイント
末梢神経損傷の機序 ~圧迫による循環障害を中心に~
どのように損傷されるか?
末梢神経が損傷されるパターンは大きく分けて以下の種類があると思われます。ここでは物理的な圧迫による損傷に着目します。
- 物理的な圧迫(身体内部の腫脹、骨の変形・偏位、もしくわ外部からの圧迫)による循環障害
- 外傷による神経損傷
- 感染、中毒
- 糖尿病
Sunderlandらは、神経・血管束内の循環と神経機能を正常に保つためには神経上膜の再動脈圧が最も大きく、毛細血管、神経束、神経上膜の細静脈そして管内へと段階的に内圧が減少していく状態が重要であると強調している。このように神経の栄養にとって必要条件は、血液が管内に流入し、神経線維は栄養を受け、そして血液は再び管外に流出しなければならない。それゆえ圧勾配は維持されなければならない。
バトラー神経系モビライゼーションp56 病理学的な変化過程より引用
静脈のうっ血は結果的に低酸素状態を招き神経線維への栄養障害をきたす。神経虚血の状態は疼痛や異常感覚のような他の症状を引き起こしやすい。太い神経は細い神経より圧迫や虚血の影響を早期に受けやすい。
バトラー神経系モビライゼーション p57より引用
神経の栄養には動静脈圧の差が重要であり、虚血によって神経障害を引き起こしやすくなるとのこと。外部からの圧迫や神経組織内、例えば手根管や脊柱の椎間孔などで炎症による腫脹や浮腫が発生すると神経障害が発生しやすいと考えられます。
また、変形性関節疾患や関節捻挫は初期は関節、靭帯の痛みが主ですが、関節周囲の筋力低下や疼痛逃避の動作を反復することで、関節周囲の神経への過剰な圧迫や伸張を与え、二次的に神経障害を併発することも臨床上あるように感じます。
上記の図にもあるように、浮腫から始まり、瘢痕化、滑走性低下、慢性的な圧迫の負の連鎖を断ち切るためにも神経の滑走を促す目的で、全身のストレッチなどは日常的によく取り組んだ方が良いと思われます。
まとめ
しびれは臨床上わりとよく遭遇する症状のひとつで、神経由来の症状と頭に浮かびやすいです。しかし筋力低下に関しても末梢神経由来の症状として出現する可能性は否定できません。随意運動による筋出力低下はAα線維の障害で、歩行時や体位変換での動作障害に関しては随意運動というよりは姿勢反射関連のⅠa、Ⅰb線維の方の障害(反応性低下、遅延など)と考えられるかもしれません。
また触診上、障害されている動作に関連する筋の萎縮や筋緊張の左右差が存在するのであれば末梢神経障害が原因の筋機能低下と仮説を立てることも可能だと思います。
様々な症状に対して原因追及が患者、利用者の利益とイコールになるとは限りません。しかし、原因となる可能性がある物がなんなのかを知っていることは重要だと思います。
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